コラム1~ "竹内まりやさんのYoutube再生回数2千万回が示すもの"
日本の文化は良くも悪くも言語という高い障壁の中で成立している。地球には日本語を話さない人が69億人もいる。国境のないインターネットの世界では否応無しにその反応が可視化される。
Mariya Takeuchi 竹内 まりや Plastic Love
言葉が通じないはずの日本のポップスの(MVはない静画)楽曲が2000万回再生もされている。そして、コメントの大半が英語だ。ここに答えがあるような気がする。日本は文化的に成熟した素晴らしい国であり、日本のミュージシャンのレベルは高い(高かった)が、業界全体でもう20年も引きこもりを続けてしまった。
今、テレビの音楽番組で流れている音楽がPlastic Loveのような結果を出すことは不可能だろう。国内評価と世界評価がこれほどずれてしまうことはミュージシャンにとっては恐ろしく無駄である。
僕は英語を使えと言ってるわけではなく(使えたほうがいいが)日本の音楽がアニメに負けないくらい世界の人々に理解されるものであって欲しいと願っています。握手券で稼いだ枚数が反映したチャートや北朝鮮の喜び組的な価値観は普遍性がないので全く理解されない。エネルギーの無駄遣いだと思います。
かつて、アイドルを否定していると批判されたことがありますが全く違います。好きなアイドルの楽曲もありますし、好きなグループもいます。アイドルであっても日本語を理解できない人にわかるものにした方がいいと言っているだけです。
なぜ、動画ではなく楽曲オンリーのPlastic Loveを海外の人々がこれほど再生したのか。真摯に学ぶべきだと思います。
印象に残ったまりあさんのインタビュー
"ネットにはある意味マイナスの側面もあるかもしれないけれど、音楽にとってプラスをもたらした部分も大きいと思うんです。"
”私が若いころは、もっと伸びやかにいろいろなことが言えたと思います。経験を積んでいない、まだ夢もかなっていない時点で、自分の提供したものや発言について、「それはダメ」という不特定多数の意見が入ってきてしまう。”
"山下達郎という人は、日本のポップス界の人間国宝のような存在。そんな人をいかにいい音楽を生み出せる環境に置くか。"
これは田中のnoteマガジンから抜粋したものです。
https://note.mu/gentouki/n/n14f6ea72f70c?magazine_key=md817abbb2c05